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別れの季節

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3月は春を待つよろこびがある、と先日の記事で書きましたが
3月は別れの季節でもありますね。

3月の別れと言うと、学校や職場での別れがまず思い浮かびます。
浮かぶんですが、今回はもっと私的な、プライベートな別れについて
思ったことを少し書こうかなと思いました。

最近周りでそう言った話を聞く機会があったからなのか、
それとも、別れの季節である3月がそうさせるのか。
どちらにせよ、別れと言うものはつらく悲しいものです。

  • 大切な人との別れ

一番身近な別れではないでしょうか?
誰もが経験するであろう別れ。
日常にひそんでいる別れとも言える。

例えば表情をコロコロ変える空のように、気持ちも変わったのかもしれない。
例えば積木がガタガタと一瞬で崩れるように、信頼も崩れ落ちたのかもしれない。
例えばある日突然昨日までが夢のように、自分の存在を拒絶され否定されたのかもしれない。

どちらにせよ深く傷つきますし、悲しみはあふれます。

ただし、コミュニケーション次第では
今後の関係を再構築出来たり修復することも可能です。
これは失う大切な人が異性なのか同性なのかを問いません。

また、異性の大切な人と別れた場合
新たな出会いへと進むきっかけであると考えることも出来ます。

当事者にとって、その時は死活問題ですが
のど元過ぎればなんとやら。
必ず時間が解決してくれるはず。

そして、そんなあなたを理解し寄り添ってくれる人も
いつか必ず現れるはずです。

人は痛みを経験すれば、
それだけ他者の痛みを理解出来るようになると思うのです。

それはつまり、
人を思いやる優しさを手に入れること。

そんなあなたにはきっと素敵な人が現れるでしょうし
なにより今、気にかけて声をかけてくれる人たちが
もうすでに、あなたのよき理解者でもあるのです。

前を向いて足を踏み出せば、必ず進めます。
自分のペースで歩けばいい。
その先にはきっと新しい世界がある。

  • 大切な人との永遠の別れ

人はこの世に生を受けた以上
いつか必ず死にます。

遅かれ早かれ
必ず死ぬ。
これは摂理ですね。

そして小さな子供を除く人間は皆
僕も、あなたも
そのことを理解し、また認識しています。

ただ、死と言うものは
やはり日常的ではない。
非日常であり、身近に感じることは少ない。

人間は本来、死と隣り合わせで生きているはずなのに
医療をはじめ文明の発達で、それを忘れがちです。
特に日本だと、忘れて当然の暮らしに身を置いていると言える。
それが悪いと言いたい訳ではありません。
むしろ幸せなことだと思います。

その反面、
実際大切な人の死に直面した時はじめて
そのことを思い知らされる人も多いのではないでしょうか。

悲しいかな、僕たちは永遠の命は持ち合わせていないのです。
そしていつか、
必ず大切な人、最愛の人との永遠の別れがやってきます。

どうかそれまで、
大切な時間を
穏やかな時間を
輝かしい時間を
大切に過ごしてください。
胸に刻んでください。

そして、静かに見送ることが出来たらいいと僕は思います。

関係が近しいほど、喪失の揺らぎは大きいでしょう。
場合によっては、自責や後悔の念に押しつぶされることもあるかもしれません。

残された人は、自分を責めないでください。
自分を責めないでくださいと言っても、きっと自分を責めると思います。
なので繰り返し言います。
自分を責めないでください。

どうか、感情を押し殺さないでください。
抑えつけないでください。
泣いて泣いて泣き続けて
泣きはらして疲れて眠るまで
泣いてください。

そして、誰かに話してください。
悲しみを、つらさを誰かに伝えてください。
感情を共有することも大事ですが
まずは誰かに聞いてもらうだけでいいと思います。

悲しみは続きます。
一生続くかもしれません。
ただ、時間の経過とともに
思い出す機会は減るかもしれません。
それが悲しいと言えば、そうかもしれませんね。

悲しみを乗り越える必要はないと思います。
悲しみとともに歩む人生もありだと僕は思うのです。

  • 自分自身との別れ

生きることは時にきびしいものだと思います。
特に今この時代
未来や希望が見いだせない時期があっても不思議でない気がします。

誤解を恐れずに言うと、
僕は自ら死を選ぶことを否定もしませんし、肯定もしません。
ずるいと思われるかも知れませんが、そう考えているのです。

今まで身近に自ら命をたった人はいません。
「死」は日常において身近に感じず忘れがちであると
先ほど話したのと同じように
僕にとっての「自殺」は非日常であり
身近に感じていないので
否定も肯定もしないと簡単に言えるのかも知れません。

だけれど
否定もしないし肯定もしないけれど
あなたに生きて欲しいと僕は願います。

あなたのつらさや悲しさを僕は知りません。
だけれど
あなたが消えたてしまいたい、楽になりたい
という思いはわかります。

あなたがあなた自身に別れを告げる前に
どうかその思いを
何があったのかを
終わりにする前に
誰かに話してみませんか。

こころの闇は誰にでもあります。
暗い話、後ろ向きな話、救いようのない話。
どんなことでもいい。
誰かに話してください。

あなたの両親に
あなたの兄弟に
あなたの友達に
あなたの先生に
あなたの同僚に
あなたの上司に

話せそうな人が誰かいますか?

インターネットを使ってもいいと思います。
ブログでもいいです。
匿名でもいいです。

あなたの気持ちを話してみてください。

死ぬことはいつでもできますが
死んでしまったら取り返しがつきません。
やり直すこともできません。

結論を早く出さないで欲しいと願います。
なんとか今日を生きることを考えて欲しいと願います。
そして、明日の朝を迎えてほしいと祈ります。

決め事は後回しでもいいんです。
後でゆっくり落ち着いて考えればいい。

今が1番苦しい時かも知れません。
ごまかしてもいい。
小さな理由でもいい。
とにかく通り過ぎることが出来れば
きっと光は射してくると僕は信じています。

あなたにとって1番大切な人が、あなた自身であるように。
こころと身体をゆっくり休めてあげてください。