母さんの腕時計

お彼岸も今日で終わり
みなさんお墓参りは行きましたか?

僕は今から行ってきます。



昨日3月23日は僕の母さんの誕生日。
昭和16年生まれなので今年で66歳のはずだった。

今から6年前の母さんの誕生日に僕は腕時計をプレゼントした。



僕は、親に感謝の気持ちを表すだなんて父の日にも母の日にもしたことがなかった。もちろん、両親の誕生日をお祝いするなんてこともなかった。

そんな僕でも両親が還暦を迎えたら、何かお祝いをしよう。
「今まで育ててくれてありがとう」
そう感謝の気持ちを伝えよう。
はっきりとは覚えていないけれど、アルバイトで自分が自由に使えるお金を手にした大学生の時にはその考えがあった。


当時、先に還暦を迎えた父さんにSEIKO DOLCEシリーズの腕時計をプレゼントした。
その腕時計はAGSというシステム*1で、自動巻き腕時計のようなローターが内部にあり、腕の動作でそれが回転し発電するという電池のいらないクォーツ腕時計だ。
カメラや時計といったメカニカルな機械が好きだった僕は、本当は自動巻きや手巻きの機械式腕時計をプレゼントしたかったのだけれど、たかが大学生が一流ブランドたる腕時計を買う余裕なんてどこにもなかったし、なによりアナクロニズムを嫌う父さんがゼンマイを巻いて腕に着ける姿が想像できなかった。
そんな僕なりの妥協点がAGSという電池のいらない自家発電クォーツだった。学生にしてはそれなりの価格でもあった。

もちろん父さんはその腕時計をとても気に入って喜んでくれた。
そして今も使ってくれている。

そんな訳で、「両親が還暦を迎えたら腕時計をプレゼントする」という僕の計画を、その当時すでに母さんが認識していたのかどうかは知らないが、その数年後には還暦を迎える母さんの為に、同じシリーズの腕時計を買わないといけないなぁと僕はぼんやりと考えていた。



2001年。その年は母さんが60歳、還暦を迎える年だった。
僕はうぃに〜と心斎橋の時計屋さんで腕時計を探した。
先に渡してある父さんの腕時計と極力似たタイプの腕時計を。

結局、女性用の腕時計にはAGSというシステムは搭載されておらず、不本意ながらクォーツ式ではあるが同じSEIKOのEXCELINEシリーズという腕時計を買った。


帰ってその腕時計を母さんに渡した時の喜びようは、まるで少女のようだった。

元々指輪やネックレスといった貴金属を身につける人ではなく、いつも鞄に腕時計を入れて出かけるような母さんが、出かける時はいつも僕のプレゼントした腕時計を身につけてくれた。
僕はそれがとても、嬉しかった。
親孝行って良いもんだな。そう思った。




その年の秋、母さんが体調が悪いと緊急入院し翌日には帰らぬ人となったそのベッドサイドには、僕がプレゼントした腕時計が置いてあった。
たったの1年さえも使うことのなかった腕時計。

出棺の時一緒に入れようかとても迷ったけれど、僕はそれができなかった。
僕が唯一、母さんに親孝行することが出来たこの腕時計を、僕は持っておきたかった。
1年もない短い時間だったけれど、母さんと共に時を刻んだこの腕時計を、僕はもっていたかった。




仏壇の前には、お花、ろうそく、お線香。そして母さんの腕時計。
いつでもあちら側から時刻が分かるように、仏壇の方に向けておいている。

最近、腕時計の電池が切れたようだ。
時が止まっている。これじゃ母さんも困っちゃうね。


電池交換に持って行こう。

*1:現在は「KINETIC キネティック」というらしい