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ITmedia 岡田有花記者のIT戦士対談インタビュー記事 私的まとめ

月曜にはてなブックマークをつけた矢野さとるさんの記事が今日見てみるとあれよあれよと600usersを超えてしまっていた。
ITmediaでおなじみの岡田有花さんの興味深いインタビュー。*1
いつも刺激を受ける。


僕が大好きなwebと言う世界を、クラクラするほど魅力的な向こう側の世界を作り上げる尊敬する人達。


仕事の事、自分の人生の事を考えて行く上で、今まで何度目を通したことだろう。
そして、これからも何度も何度も目を通すであろう憧れの人たちの肉声。
いろんな人の一言一言がこころにグッと来るから、一度まとめてみる。


モチベーションが下がった時、壁にぶつかった時、人生につまづいた時
このエントリーを開けばいつでも読めるように。
静かにまとめて読み返すために。

今夜は、そんなとっても私的エントリー。



字幕.in」、「SNS統計ページ」、「2ちゃんねる2」など50以上のサービスを1人で運営する矢野さとるさん

 「大人はみんな、ネットをビジネスで使っているかもしれないけど、ぼくにとっては遊び場というか、楽しい場所。表現の場であり、自分を試せる場所という感覚があります」

 「ネットサービスは、単純なサイトというよりも、ぼくの作品という感覚。ネットのおかげで人から認められたし、情報も入ってくるし、人とのつながりも増えていきました」

 「Webに出会えなかったら何やってただろう……今の時代に生きてなかったら、本当、ヤバかったと思います」

コトノハ」、「Socialtunes」、「qooqle.jp」の開発者 大日田貴司さん

「例えば僕が100時間かけてサービスを作るとしますよね。そのサービスで2万人の人を1時間喜ばせることができたとします。そうすると僕の100時間が2万時間もの幸せな時間になって返ってくることになります。それってすごいな、と思ったのです」

SimpleAPI」、「サムネイル作成API」、「最寄り駅&地図API」、「Wikipedia API」開発者 伊藤まさおさん

今の実力でできる簡単なものを作ってもしょうがない、自分の能力よりほんのちょっと上のことを目指せば、やりとげたときに達成感があり、その方が仕事としても面白い。学びながらやっていけることが伊藤さんにとって何よりも大事という。SimpleAPIの第1弾「サムネイル作成API」は3日で作ったという。

「その間ずっとひきこもって作ってました。一気に仕上げないと自分にとっての新しさがなくなり飽きてしまうので」

ロリポップ」、「JUGEM」、「キヌガサ」等を運営 paperboy&co.代表 家入 一真さん

会社勤めが嫌になり始めていた。妻と子どもを養えるくらいの収入が在宅仕事で得られれば、家族と一緒にゆっくり過ごせる――起業を思い立った。

温めていたネタがあった。女性向けのポップで安価なホスティングサービスだ。「若い女性がどんどんホームぺージを作る時代になりそうと思った。うちの嫁もホームページを持っていたし」。

〜中略〜

サイトプログラムからデザイン、サーバ管理などを1人でこなしていたが、ユーザーは増えて手が回らなくなる。パートを雇い、知り合いに声をかけて社員を増やし、新サービスを投入し、会社はふくらんでいった。

事務所も何度か移転し、2003年に有限会社化。社名を「paperboy&co.」に変えた。新聞配達少年=paperboyだった初心を忘れない、という意味を込めつつ、おしゃれっぽいローマ字表記にし、ティファニーみたいに“&co.”を付けてみた。

自宅で1人、細々とやるつもりだったのに、会社はどんどん大きくなる――矛盾に悩み、迷うこともあった。

SNSGREE」運営 グリー株式会社代表 田中良和さん

でも、それでいい、楽しいから、と田中さんは笑う。「町を作っている感覚。『シムシティ』リアル版みたいな。今日はビルが建った、今日は線路が通じた。住民は今日も幸せだった、みたいな」。

7万人超の人が住む。GREEという町。

〜中略〜

「例えば、インターネットは匿名で、現実社会はそうじゃないと言われがちだけど、そんなことはない。合コンで知り合った女の子に、名刺は渡すかもしれないけど、戸籍謄本を見せたりはしない。リアルな付き合いの中にも、クローズドの情報はきちんとある」。

ネットも現実社会と同様、匿名の部分と実名の部分、両方があっていいはずだと田中さんは言う。「世の中とネットは同じだと思うし、同じにしたい」。

そして大好きな「はてな」の中の憧れの人達


株式会社はてな 代表取締役 近藤淳也さん

「インターネットは、人が本来持っている力を飛躍的に伸ばせる可能性を持った未完成の道具」――これが近藤社長の持論だ。京大在学中にはサイクリング部と自転車競技部に所属。無類の自転車好きである近藤社長は、ネットを自転車に例えてそのココロを解説する。

「自転車、特にロードレーサーは、人が本来持っている“空間を移動する力”を限界まで伸ばして最速で走れる完成された道具。ネットも、人間がもともと持っている考える力や知的な力を、飛躍的に伸ばす可能性を持った道具だ。ただし完成形には程遠く、これからまだまだ進化する」。

「ロードレーサーが、ギアの機構などを進化させて完成形に近づいていったように、ネットが道具として完成していく過程で、エポックメイキングな進化がたくさんあるだろう。キーワードで日記をつなぐというシステムも進化の一つ。こういった進化を自分の力で世の中に残すことができれば、これほど嬉しいことはない」。

「例えば、1億円稼いだとか、いい車を乗り回しているとか、そういうことは死ぬ時の自慢にはならない。でも『インターネットでたくさんの人が当たり前のように使っているあのサービス、実は僕が考えたんだ』と言えたら、それは死ぬときに自慢できる。そういうものをたくさん作りたい」。


株式会社はてな CTO(最高技術責任者) 伊藤直也さん

ココログの成功の陰で伊藤さんは、大企業の動きの鈍さにいらだっていた。「パワポを30枚書いて社長動かすよりも、ネットで文章を書くほうが影響力が大きかった」――「NDO:Weblog」では、社内では誰も聞く耳を持たなかったブログの話に何万人もが共感してくれた。

ブログを通じてたくさんの人と知り合った。自分と同年代でも、驚くほど優秀な人がいた。ネットビジネスやWebプログラミングの知識が、自分には足りないと気付いた。本を読み漁り、学んだ成果をネットに吐きだした。

〜中略〜

有名企業への転職を考え、大手ネット企業の社員に話を聞いた。飲みに行くと、みんな決まって同じグチを言った。「稟議が遅い」「組織が……」。ニフティと変わらなかった。

小さな企業に行くしかないと思った。技術の視点でサービスを作っていて、最も得意とするPerlの技術を生かせそうで、小さな、風通しのいい会社――それがはてなだった。

近藤社長とは知り合いだった。転職を考えていたちょうどそのころ、食事に誘われた。「頭を下げて『入れてください』と言おう」――覚悟して出向くと、近藤社長から「うちに来ないか」と誘ってくれた。両想いだった。快諾した。

高度な技術者が集まったはてなで、本当にやっていけるのか――そんな不安はすぐに消えた。人生の寄り道が、すべて役に立った。

株式会社はてなスタッフ/「Mona OS」開発者 蓑輪太郎さん

レベルの高い技術者との交流が深まるほど、焦りは高まった。「同い年なのに、自分の20倍の生産性を持っている人がいる。一生かかっても追いつけない」――人生の大半の時間を、学ぶことがほとんどない仕事に費やす毎日。平日の帰宅後と休日をフルに使って技術を磨いても、限界があった。

「自分の全盛期かもしれない20代後半に、こんな会社にいていいんだろうか」。入社4年目の27歳。管理職のポスト――お金と人を動かすだけの生活――が迫っていた。結婚したばかりで、安定した生活も捨てがたかったが、「我慢の限界だった」。

〜中略〜

「ヤバイ、この人だ」――近藤淳也社長と会った瞬間、何かがカチリとはまった。何でも自分で考え、自分の手で作ろうとする近藤社長。「この人に付いて行けば間違いないと思った」。今年4月、はてなに入社した。

はてなは予想以上だった。最新の技術用語は当たり前のように全て通じたし、技術者のレベルの高さは尋常じゃなかった。誰かが思い付いた何かが、3日後には新サービスになる会社。「今ははてなのスピードに、必死についていっている状態です」

株式会社はてなスタッフ/社長夫人 近藤れいこさん

「自分でWebサイトも作れないし、プリンタもつなげない。スキルがない分、他のことで補いたい」と令子さんは言う。飲み物の出し方を工夫したり、得意の料理でお客さんやスタッフをもてなしたり――唯一の女性として、ITが苦手な人間として、自分じゃないとできないことを探す。「来た人が『悪い会社じゃないな』と思ってくれるようにしたい」

時には嫌われ役も引き受ける。「社長が叱ったら、場が凍ってしまうから」、社長の代わりにスタッフを叱ることもある。不採用の入社希望者に、通知を送るのも令子さんの役割。相手の気持ちを思うとつらいけれど、社長夫人だからこそ角を立てずに済むと、懸命に割り切る。

【番外編】

*1:大日田さんの回だけ田口さんの記事